ウェルスナビ開発者ブログ

WealthNaviの開発に関する記事を書いてます。

ウェルスナビのAIビジョンご紹介

はじめに

ウェルスナビのAIグループ責任者の上杉と申します。 AIグループでは

  • データ活用によるKPIの継続的改善
  • AIを用いた新サービスの立ち上げ

に取り組んでいます。 本記事では、後者の活動の一つについて述べたいと思います。

 

AIで全ての人に金融アドバイザリーサービスを

エンジニアの皆様はご承知と思いますが、ここ数年間で画像処理と自然言語処理に著しい技術革新がありました。ウェルスナビでは後者の自然言語処理、特に大規模言語モデル(Large Language Model、以下LLM)を用いた対話技術に注目しています。理由は、ウェルスナビの投資アドバイザリーサービスを大幅進化させる上で、対話技術が中核技術になると考えているからです。

お客様に最適なアドバイスを提供するには、対話を通じてお客様をよく理解することが重要です。 例えば

  • 家計にどの程度の投資余力があるのか
  • いつ何の大きな出費がありうるのか
  • 今後どの程度長くお仕事を続けられるご予定なのか
  • 退職金をどう使うご予定なのか

そのようなお客様の個別事情やご意向を踏まえないと、最適な資産運用アドバイスを行うことはできません。

このような個別アドバイスを行ってきたのは、ファイナンシャルプランナー/アドバイザーと呼ばれる専門家の方々でした。お客様は専門家に個別相談することで、有益なアドバイスを受けることができます。

お金に纏わる相談はセンシティブな内容を含むことが多いため、専門家がお客様に寄り添い、お客様は専門家を信頼し、結果、スムーズな対話とそれに基づくサービス提供が実現できていました。ただし、人手を介した個別対応サービスには相応の費用が発生するため、こうしたサービスを気軽に受けることができるお客様は限定的でした。

私たちは、LLMを用いた対話技術がこの課題を解決できると考えています。例えば、最も高性能なLLMを使えば人間に近いレベルの対話を実現できると言われています。その対話内容は、ロジカルコミュニケーションだけでなく、雑談したり共感することを目的とする「人に寄り添う」コミュニケーションも含みます。技術が日々進化している現状を踏まえると、相手がAIと気づかずに対話できる日はそう遠い将来ではないと考えています。

私たちが目指す最終ゴールは、いわゆる「チャットボット」ではありません。スマートフォンでの入力の手間を考えると、チャットボットのUIは、対ユーザコミュニケーションを実現する上でベストとは限りません。音声通話や動画通話を通じたコミュニケーションが良いというお客様は大勢いらっしゃいます。ですので、私たちの最終ゴールは「動画通話で会話していた専門家が実はAIだった」という世界を実現することです。

以上を踏まえ、私たちAIグループは以下のビジョンを数年以内で実現することを目指します。

雑談力・共感力をもつ、人と区別がつかないAIフィナンシャルアドバイザーの実現  

 

LLMを用いた対話アプリ開発の取り組み

ビジョンの実現に向けた第一歩として、既存LLMを用いた対話アプリケーションの開発に取り組んでいます。主な開発目的は、「既存のLLMは、何ができて何ができないのか」を正しく理解することです。その開発活動を通じて、いくつかの課題が見えてきました。

1つ目の課題は対話の精度です。嘘をつかない、分かりやすい、納得感がある、役に立つ、無害である、など様々な評価指標が考えられますが、一部の評価指標は金融実務に耐えられない可能性があります。

2つ目の課題は応答速度です。LLMは名前の通り「大規模」なモデルですので、計算に時間がかかります。一度の質問に対してAIが応答文を作成するまでに、最大60秒近くかかることがあります。60秒ではコミュニケーションの体験価値が大幅に低下してしまいますから、応答時間を今より圧縮する必要があります。

3つ目の課題はコストです。現在最も対話精度が良いと言われているLLMの場合、一つの質問文に対する応答文を生成するまでに、数十円かかると見込んでいます。すると質問⇒応答を数往復するだけで最低100円以上、場合によっては数百円、を要するため、投資対効果の説明難易度が上がります。

これらの3つの課題は、LLM活用を検討中の全ての企業が直面する共通課題であろうと思います。それらの課題に対しては、私たちなりに様々な取り組みを進めていますが、技術の詳細を説明すると長くなるため、それらは別の機会にご紹介させてください。

代わりに以下では、世間では殆ど触れられていない、LLMの核心的課題をご紹介したいと思います。
 

ゴール指向型LLMの実現を目指して

核心的課題を説明するために、ウェルスナビが考える対話のユースケースを以下に示します。

  1. 投資に興味を持ち始めたが進め方が分からないお客様に対し、個別の悩みをお伺いすることで、お客様に最適な投資方法を提案し、ウェルスナビを選択頂くこと

  2. ウェルスナビに興味があるが、投資を躊躇しているお客様に対し、全てのご質問に丁寧にお答えすることで、ウェルスナビをよりよくご理解頂き、ご利用を開始頂くこと

  3. ウェルスナビを既に使っているが、分からない点があるお客様に対し、丁寧なサポートをすることで、ウェルスナビのご利用を継続頂くこと

  4. ウェルスナビを利用中に、投資判断に迷われたお客様に対し、お客様の個別状況に応じた最適な投資アドバイスを行うことで、ウェルスナビのご利用を継続頂くこと

1番と2番はウェルスナビをお使いでないお客様向け、3番と4番は既にお使いのお客様向け、のユースケースです。これらを通じてお伝えしたいことは、下線部の通り、どの対話にもゴールが存在するという点です。

この点は、企業のビジネスパーソンがお客様に接する態度と同じです。ビジネスパーソンは企業に属して働いている以上、お客様との対話に必ず目的と目標(ゴール)があります。優秀なビジネスパーソンは、最短距離でゴールに到達できる能力を持っています。具体的には、対話内容を事前に計画し、対話を計画通り進め、対話が想定外の方向に進んだ場合は対話の流れを制御できます。

他方、既存のLLMにはそのような能力はありません。聞かれたことに対して都度回答するだけなので、「先の先を読んだ」「ゴールを見越した」回答を行うことができません。

私たちが注力したい課題はこの点にあります。私たちはゴール(目標)を持ったLLM、すなわち「ゴール指向型LLM」を実現するための研究開発投資を行います。

解決手段としては、強化学習Reinforcement Learning)が最有力と考えています。強化学習はゲーム業界に適用事例が多い機械学習の一分野です。「ゴール設定をしたら、画面の主人公が爆速でゲームを攻略するようになる」というのは(深層)強化学習が得意とするところです。

また、ゴールに到達したことを判定するために、ウェルスナビが保有するデータを使います。具体的には、お客様の口座開設や積立設定の実績データを使います。「ウェルスナビしか持っていないデータを使って問題解決する」ところに、私たちが研究開発投資をする意味があると考えています。

以上より、私たちの技術開発方針は以下の図式でまとめることができます。

ゴール指向型LLM = 既存LLM(Transformer) + 強化学習 + ウェルスナビのデータ  

   

現在地と今後

現在は、いくつかのデモアプリを開発し、社内で評価を進めています。社内で議論を進めていくうちに、先のユースケース以外にも「あれに使えないか」「これに使えないか」といったアイデアが出てきており、社内での認知や協力体制も少しずつ得られつつあります。責任者として手ごたえを感じ始めています。

現在のウェルスナビは資産運用ビジネスが中心ですので、当面は資産運用相談を目的とした対話アプリケーションの提供となります。ですが、私たちは資産運用だけに留まるつもりはありません。お客様にとっての資産運用は、お金に纏わる様々な悩みの一つでしかなく、問題解決に繋がらない場合があるからです。ですので、お客様のお金の悩みを総合的に解決できる対話アプリケーションを目指していきます。

また、チャットというUIに限らず、音声通話や動画通話まで広げていくことで、お客様に最適なコミュニケーション体験を実現していきます。
 

さいごに

私たちAIグループのビジョンを再掲します。興味を持って頂けますと幸いです。

雑談力・共感力をもつ、人と区別がつかないAIフィナンシャルアドバイザーの実現

ウェルスナビでは、以下のポジションをAIグループのメンバーとして募集しています。ご興味を持たれた方は、是非お気軽にお問い合わせ頂ければ幸いです。

著者プロフィール

上杉 忠興(うえすぎ ただおき)

2023年4月にデータサイエンスグループ(現AIグループ)のグループ長として入社。
理論物理学で博士号取得後、大手SIerで上(コンサル)から下(インフラ)まで幅広くこなした後、同SIerと大手Web事業者で10年以上のデータサイエンス担当者及び責任者を経験。機械学習や数理最適化を用いてKPI最大化問題を解決してきた。現在は主に「AIモノ作り」に挑戦中。